2022.03.22

多様性と都市交通のルール作り ―近年における電動モビリティの台頭に寄せて

Diversity and Rules for Urban Transportation in a New Era of Mobility ―Considering Expansion of Introduction of New Electric Mobilities in Recent Years

立飛総合研究所(TRI) 理事 事務局長兼統括研究主幹

市川 嘉一Kaichi ICHIKAWA

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■今と類似する明治初めの「乗り物バブル」

昨年(2021年)末、東京都八王子市夢美術館で開催された「自転車のある情景」をテーマにした企画展を見る機会があった(徳島県立近代美術館との共催)。明治時代以降、国内外で自転車を題材に描かれた多数の絵画やポスター類が一堂に集められたが、その中で目を引いたのが明治時代の世相や風俗を描いた錦絵(多色刷りの浮世絵木版画)。まだ日本にお目見えしたばかりの自転車が描かれていた。

その中の1つ、1869(明治2)年ごろに制作された「築地ホテル館」(歌川芳虎画)1)には当時、新たな移動手段として増え始めた乗合馬車や人力車に交じって、自転車を漕ぐ男性の姿が描かれている。同時期の1870(明治3)年に「自転車」という言葉が公文書の中で初めて使われたといわれるが、それだけにこの自転車も物珍しい乗り物として画家の目に映ったのだろう。ただ、それら新種の乗り物を取り締まる規則もまだ整っていなかったこの時代、錦絵のモデルとなった場所に居合わせた当時の庶民の目から見れば、それまで歩行者中心だった街なかに突然、色々な新種の乗り物が一度に現れたわけで、一種の「カオス」(混沌)に似た「乗り物バブル」を前に驚き、腰を抜かす者も少なくなかっただろう。

1869(明治2)年ごろに浮世絵師の歌川芳虎により制作された錦絵「築地ホテル館」(出所は自転車文化センターWEB資料)

この明治初めの「乗り物バブル」と似た現象が今起きようとしているのではないだろうか。街なかでの自転車の利用は以前から増えていたが、新型コロナウィルス禍の中、密を回避する移動手段として電動自転車のシェアリングが広がり出しているだけでなく、電動キックボードや電動車椅子など多様な新種の電動モビリティが続々と街なかに現れ始めている。ダイバーシティ(多様性)が社会の様々な分野で新たな潮流になってきたが、街なかの乗り物にも多様性の波が押し寄せていると言える。

■電動キックボード、ラストワンマイルの移動手段として脚光

「マイクロモビリティ」という言葉が近年、よく使われるようになった。低速で走る小型モビリティなどを指す。駅から目的地までなどの「ラストワンマイル」の移動手段としてまちの賑わい向上につなげたり、超高齢社会時代の新たな移動手段になったりすることが期待されている。このマイクロモビリティ、近年における近距離の移動手段の多様性を体現する一連の電動モビリティを指す場合が多く、その代表格として脚光を浴びているのが電動キックボードである。

新型コロナのパンデミック(世界的流行)が始まった2020年初頭以降、ヨーロッパの街なかをめぐる風景が変わり始めている。インターネットでの情報に触れて驚くのは、この2年近くの間に密を回避する移動手段として自転車のシェアリングが増えているだけではなく、電動キックボードのシェアリングが目立ち始めていることだ。

イタリアの大都市ミラノでは現在、電動キックボードのシェアリング事業者としてアメリカ・カリフォルニア州で誕生した世界最大 手のBird rides(バード・ライズ)をはじめ7社が競合している。同地に30年以上住む知り合いの日本人デザイナーの菰田和世さんはバリバリのサイクリスト。イタリア語でImonopattini elettriciと呼ぶ電動キックボードも環境にやさしい新たな移動手段として認めるが、利用者の中には車道でも歩道でもお構いなしに飛ばす人が少なくなく、事故も多発する現状には顔をしかめる。自動車との接触事故のほか、一人で電柱に追突して死亡したケースもあるという。歩道上でのシェアリング用キーボードの散乱などを理由に運営事業者が市から事業許可を取り消されたケースも起きている。

近年、自転車とともに電動キックボードのシェアリング利用も増えているイタリア・ミラノ市。写真は同市中心部のブエノスアイレス大通り(2021年9月7日)
ミラノ市中心部の歩道上にやや乱雑な形に置かれているシェアリング事業者のキックボード(2021年8月28日)

ボストン・コンサルティング・グループは、電動キックボードのシェアリングについて2025年には世界全体で約4~5兆円、日本国内でも約1兆円の市場規模になると試算。電動キックボードは自転車シェアリングを凌駕する大きなマーケットを持つともいわれる。バードの資料によると、同社が立ち上げた電動キックボードの市場は米国でシェアサイクルが10年かけて築き上げた市場を2年目で追い越した。

欧米で先行していた電動キックボードのシェアリング。日本でも数年前から民間事業者の間で導入を目指す動きはあったが、規制の壁が高かった。電動キックボードは道路交通法上、原動機付き自転車(いわゆる原付きバイク)の扱いで、普通自動車免許もしくは原付き免許が必要。乗る際にもヘルメットの着用などが義務付けられ、走行するのは原付きバイクと同じく車道に限られている。

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