2022.03.22
多様性と都市交通のルール作り ―近年における電動モビリティの台頭に寄せて
Diversity and Rules for Urban Transportation in a New Era of Mobility ―Considering Expansion of Introduction of New Electric Mobilities in Recent Years
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■受容できず混乱しかねない歩道
このように近距離用の新たな移動手段が続々と生まれてきている。ただ。懸念されるのは再三繰り返すが、それらを受け入れるための道路容量である。多くが幅員の狭い日本の道路空間は物理的に対応できているとは言えないだろう。
電動車椅子や、トヨタの電動3輪車など最高速度が時速6km程度の電動モビリティに関しては、先の警察庁の最終報告書では「歩道通行車」として位置付けられるが、運転者の操作次第ではこちらでも歩行者との接触・衝突の危険性が高まることはないだろうか。
自転車の歩道通行については道路交通法で原則禁じられているにもかかわらず、徐行はおろか堂々と走っているのが実態だ。そうしたところに、自転車に加えて、最高時速6キロに速度制御した電動キックボードを含め、新たな乗り物が歩道に入ってきたら、歩行者は自転車だけにとどまらない危害にさらされる恐れが強まり、歩道は明治時代初期のようなカオス的な状況を呈するなど、ますます混乱を来し かねないだろう。バードの場合、既に機体に内蔵したGPS機能により遠隔操作に基づき、走行不可エリアの設定のほか、特定エリアでは最大速度に制限できるとしているが、「今のところ、歩道走行は考えていない」(宮内社長)という。いずれにしても、歩道は歩行者主体の空間であり、ちょっとした操作ミスなどで歩行者に危害を加えることがあってはならないだろう。
■求められる都市交通政策の視点
MaaSや自動運転でもそうだが、最近の新たな電動モビリティをめぐる動きでも、そのほとんどがIT(情報技術)の急速な進展を背景に規制緩和による新たなビジネスチャンスを狙う民間企業サイドから出ており、都市交通サイドの視点や都市交通政策からのアプローチがきわめて少ない。このまま手をこまねいていては、新たな交通主体が乱立し、街なかや都市の交通はカオス化してしまいかねない。
残念なことに最近の新聞・雑誌などメディアにはそうした言及はほとんど見られない。ただ、そうした中で私が目にした記事の中で唯一、示唆的だったのは、2021年11月22日付け日本経済新聞朝刊・経済教室面所載の外部識者コラム「私見卓見」に、ITジャーナリストの佐々木俊尚が「シェア交通で低速化する都市」のタイトルで寄稿した記事だ。
■道路デザイン再構築へ都市全域で低速化
この中で佐々木はパリが2021年8月に市内のほぼ全域で自動車の制限速度が時速30kmに設定されたことを例に、日本での自転車や電動キックボードのシェアリングなど中・低速のモビリティの普及には、パリのように都市全域を低速化させるといった「道路デザインの再構築が必要になってくるのではないだろうか」と展望している。日本の場合、自転車レーンはまだ総体として活用されるほど整備が広がっていないのが現状なのに、「自転車レーンは有効活用されているとは言えない」とし、その結果、電動自転車に加え、電動キックボードや電動バイクの歩道走行の危険性も高まると指摘するなど一部事実誤認もあるが、都市交通という大きな視野の中で述べている点は評価したい。
■新産業育成ありきに危機感
一般的なメディアではないが、日本都市計画学会が2021年11月に刊行した機関誌「都市計画」の直近号(353号)が今後のモビリティと都市のあり方を展望した興味深い特集を組んでいる。所載記事の中で、今後のあり方を考えるうえで参考になるのは、「これからの都市交通への期待」と題した久保田尚(埼玉大学教授)と森川高行(名古屋大学教授)によるオンライン対談記事である。
この中で2人は近年における新たなモビリティサービスがIT業界など産業界から新産業の育成の狙いにより推進される一方で、都市計画や都市交通サイドの専門家らがこれといった発言をしていない現状を自らへの反省も込めて語っている。久保田が「一言で言うと、都市交通側からの見方がまだ限られていて、ITとかスマートとか、そちら側からモビリティが語られてしまっていて危ないと思います」と厳しく問うているのは、よほどの危機感があることを示していると思う。
さらに、警察庁の有識者検討会の座長も務めた久保田は焦眉の急になっている電動キックボードの交通ルールづくりについて、「非常に切迫した状況にあります。……受け入れるかどうかではなく、受け入れざるを得ないという状況のなかで最低限どのようなルールを作るか、ということを検討しているというのが正直な実感です」と吐露したうえで、「3つの原則」を挙げる。1つ目は日本の道路交通全体を視野に入れた議論をすること、2つ目は歩道には原則通り歩行者以外の者が入ってはいけないこと、そして3つ目に実態を伴った制度づくりを指摘する。
電動キックボードなど新たな交通手段の具体的な落としどころでも2人は共通の認識を示している。道路に「段階構成」の考え方があるように交通手段にも大きな交通流をさばく「トラフィック機能型」と「アクセス機能型」という「棲み分け」を明確にすべきと主張。電動キックボードはアクセス交通として、ある決められた一定のゾーン内での限定利用を促せば、社会的な認知が進む。逆に「どこでも走ってもいいみたいなことになると、事故が起こって、『なんだ、あの乗り物は』みたいになって、今度は逆に一気に駄目という風潮になってしまうかもしれません」(久保田)と、「乗り物の段階構成」が重要なキーワードになると強調している。