2022.12.08
「近場観光」人気は広がるのか ――国内でも増える「分散化ホテル」
“Micro Tourism” and the Potential Spread of “Albergo Diffuso” (Hotels Diffused in Villages) in Japan
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■「歩き方」国内版を支える近場観光ブーム
海外旅行ガイドのバイブル的存在である「地球の歩き方」の国内版シリーズが予想以上の売れ行きをみせている。中でも驚くのは、これまで、これといった観光資源が少ないといわれてきた多摩地域に焦点を絞って出した「東京多摩地域」編が大方の想定を大きく上回る読者を獲得していることである(詳細は本号所載の「インタビュー」を参照)。
なぜ、ここまで売れているのか。近年、「マイクロツーリズム」(近場観光)という言葉がよく使われるようになったが、多摩地域編の販売好調の背景にも文字通り、マイクロツーリズムのニーズの高さがあると考えてよいだろう。
マイクロツーリズムはもともと、各地で宿泊施設を運営する星野リゾート(長野県軽井沢町)代表の星野佳路氏がコロナ禍の下で提唱した概念だったが、近年では観光業界を中心に広く使われるようになった。明確な定義はないが、一般的には「自宅から車もしくは鉄道などで1~2時間程度の場所を訪れ、そこで身近な観光資源としての魅力を発見する新たな観光の形態」を指す。コロナ禍で遠出が難しくなった中、そのニーズが高まっているといわれる。
多摩地域編の読者からもアンケートを通じて「同じ多摩に住んでいても知らない資料館や美術館がこんなにあるとは知らなかった」など、身近な場所で未知の観光資源を発見した喜びの声が多く寄せられた。多摩地域編の編集を担当した「地球の歩き方」編集部の斉藤麻理さんは近場観光地としての多摩地域の魅力について、「思い立ったらすぐに行けて、大自然や歴史・文化など非日常を楽しめる空間ではないか」と話す。
■観光白書も「全国的に進展」と注目
観光白書でも国内旅行市場の環境変化の1つとして「近隣地域内での観光であるマイクロツーリズム」に触れている1)。政府が今年(22年)6月に公表した22(令和4)年版の観光白書は、コロナの影響で密となりやすい都市圏や主要観光地を避けて、自然景観を選ぶといった観光地選択をめぐる変化が起きていると説明。19年から21年にかけて国内全居住エリア(計10エリア)で近隣地域内での旅行者の割合が増加傾向にあるとし、「全国的にマイクロツーリズムが進展している」と指摘している。
21年で同割合が最も高かったのは北海道(87.5%)で、以下、東北(82.8%)、九州(81.0%)と続くが、多摩地域を含めた関東も54.5%と前年の20年(48.7%)よりも6ポイント近く増えた。こうした傾向が「歩き方」の多摩地域編の売れ行きにも表れていると言えるかもしれない。
■国内でも広がる「分散型ホテル」の動き
マイクロツーリズムと関連した試みとして注目されているのが、イタリア発祥の「アルベルゴ・ディフーゾ」(Albergo diffuso、イタリア語で「分散した宿」や「分散型ホテル」といった意味)と呼ばれる取り組みである。街なかや集落に点在する空き家・空き部屋を宿として改修・活用し、街・集落全体を1つのホテルに見立てた地域経営の手法で、地元の人間らがホストとなり飲食店や土産物店など店舗を案内したり、観光ガイドをしたりすることで地域全体の活性化を目指す。
イタリアで長年、まちづくりのコンサルタントとして地域振興に携わってきたジャンカルロ・ダッラーラ氏が1980年代に大地震発生で崩壊の危機にあった北イタリアの集落復興をきっかけに発想を得た概念で、アルベルゴ・ディフーゾは今ではイタリア国内のほぼ全州に及び、その数は100カ所以上あり、欧州を中心に国外でも約150カ所に上る。2006年には国際的な認定体アルベルゴ・ディフーゾ協会も発足し、日本でも岡山県矢掛町の施設(2カ所)が2018年に同協会の認定を受けた2)。
日本でもイタリアと同様に集落に分散した古民家を宿に再生し地域振興につなげようとする動きが増えている。首都圏に近いところでは人口700人足らずの小村である山梨県小菅村で「村全体が1つのホテル」を合言葉に、コロナの感染前の2019年に同様の取り組みが始まった。地域振興事業を手がけるコンサルティング会社「さとゆめ」(東京・千代田)が運営の中心になり、築150年の豪邸など村に残る古民家を宿泊施設として改修している。