2023.09.21
歩行者空間は広がるのか ――大阪・御堂筋の「実験」にみる今後の可能性
The Potential Spread of the Pedestrian Zone in Japan, Inspecting from the “Experiment” of Midousuji in the City of Osaka
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■変わるパリの風景
今年のゴールデンウィーク期間中、久々にヨーロッパを訪れた。新型コロナウイルスの感染が広がる前の2019年以来4年ぶりの訪問だった。
主な滞在地は北イタリアだったが、パリにも2日間立ち寄った。女性市長のアンヌ・イダルゴ氏がコロナ後をにらんだ都市政策として、徒歩や自転車で職場や学校、買い物、公園など基本的な機能にアクセスできるようにする「15分都市構想」を打ち出し、車道削減により歩行者空間や自転車レーンの拡大が進んでいるとの記事などを目にする度、ぜひこの目で確認したいとの思いが強かったからだ。
ルーブル美術館やパリ市庁舎などが並ぶパリ都心のリヴォリ通り。4月末の金曜日の朝9時前、メトロの最寄り駅からこの通りに出ると、1車線しかない車道にはマイカーの姿はなく、通行しているのはコンコルド広場方面に向かうバスやタクシーだけ(荷捌き用など許可車両の通行は可)。下り方面の車道の削減により設けられた自転車レーンには自転車だけではなく電動キックボードも悠然と走っていた。
■コロナ禍がもたらしたもの
新型コロナの感染症法上の位置づけが2023年5月8日、季節性インフルエンザと同じ扱いの「5類」に移行した。国や自治体が法律に基づいて外出自粛など行動制限を国民に要請することはなくなり、感染対策は個人の自主判断に委ねられることになった。2020年2月に指定されてから3年超に及んだコロナ対応は「平時」への移行に向けて大きな区切りを迎えた。それに先立つ5月5日、WHO(世界保健機関)も2020年1月末に始まったコロナに関する緊急事態宣言を終了すると発表した。
コロナ禍は飲食関連業界への経済的な打撃や、在宅勤務の浸透といった仕事のやり方の変化など様々な分野に影響を及ぼしたが、交通やまちづくりの分野も例外ではなかった。公共交通の事業者では構造的な利用者減という負の面で影響を受けたが、まちづくりの面で見落とすことができないのは、コロナの感染を防ぐ「3密対策」という従来とは違う状況を契機に、道路空間の再配分として歩行者空間の拡大が世界的に改めて検討され始めるようになったことである。
■国交省が旗振り、「ウォーカブル」の機運
日本でも最近、国土交通省が旗を振っていることもあり、「ウォーカブルシティ」「ウォーカブルなまちづくり」といった言葉をよく耳にするようになった。ウォーカブルには「歩きやすい」とか「歩きたくなる」といった意味がある。国交省のホームページを見ると、近年における同省の政策的な取り組みの変化に驚かされる。
これまでやや地 味な存 在だった同省道路局が道路政策の目指すべき方向を示した社会資本整備審議会道路分科会基本政策部会の提言「2040年、道路の景色が変わる」において、「マイカーなしでも便利に移動できる道路」や「行きたくなる、居たくなる道路(メインストリートなど)」など従来になかった文言を並べている。
2020年11月の改正道路法施行により生まれた「歩行者利便増進道路」(通称「ほこみち」)はその政策的な成果物だ。車道の削減により、歩道をその分広げ、そこで生まれた新たな空間を歩行者の通行区間とは別に、テラス席やベンチを置き、オープンカフェやイベントなどをできる「滞留・賑わい空間」として整備するというもので、2023年5月31日時点で計119路線がこの「ほこみち」に指定された(図表1)。
まちづくり分野を所管するセクションとして元々、歩行者空間にはポジティブな姿勢である都市局も負けていない。
「ウォーカブルポータルサイト」と呼ぶウェブサイトを開設。「居心地が良く歩きたくなるまちへ」をキャッチコピーに、「世界中の多くの都市で、街路空間を車中心から“人中心”の空間へと再構築し、沿道と路上を一体的に使って、人々が集い憩い多様な活動を繰り広げられる場へとしていく取組が進められている」としたうえで、国内の自治体にも街路空間の再構築を強く求めている、さらに、「ウォーカブルな取り組みの全国展開を目指す」として、国内の自治体関係者らが参加し、知見・ノウハウを共有する場「マチミチ会議」や、先行的な取り組みをしている自治体の現地視察の場「マチミチstudy現地勉強会」を開催。現地勉強会は2018年から実施、全国会議は2019年から年1回開かれている。
「ウォーカブル推進都市」という制度もある。「居心地が良く歩きたくなるまちなか」のイメージとして、Walkable(「歩きたくなる」)、Eyelevel(「まちに開かれた1階」)、Diversity(「多様な人の多様な用途・使い方」)、Open(「開かれた空間が心地よい」)の4つのキーワード(“WEDO”)を挙げて、この考え方に賛同する都市を人口規模の大小を問わずに「ウォーカブル推進都市」として募集。国交省が呼び掛け始めた2019年12月には207都市(市町)だったが、4年目を迎えた2023年6月30日現在、351都市(同)に増えた(図表2)。
街路の広場化や民間事業者によるオープンスペースの提供・利活用など関連した取り組みに補助金や税制優遇など一体的に支援する「まちなかウォーカブル区域」(=「滞在快適性等向上区域」)という制度も、市町村が策定する都市再生特別措置法の「都市再生整備計画」に基づくものとして設けている。先のウォーカブル都市のうち73都市が今年3月末時点でこの区域を設定している。
■大阪市、御堂筋の側道を歩道化
ただ、これまでもそうだったが、現在でも歩行者空間づくりに関しては計画策定や、せいぜい社会実験の実施でとどまっている自治体が多い。
そうした中、注目したいのが大阪市の取り組みである。当面は2025年の「大阪・関西万博」開催をにらんで、歩行者空間を社会実験だけで
終わらせずに、本格的な整備工事に入っているのだ。1つは、同市の繁華街、キタとミナミを結ぶメインストリートである御堂筋(国道25号、梅田~難波間)を歩行者中心のストリートに再編する事業である(図表3)。
御堂筋は延長4.2㎞、幅員44mの南行一方通行道路。2019年に策定した「御堂筋将来ビジョン」を受けて、北側の梅田寄りを除く淀屋橋交差点~難波西口交差点間(3.1㎞)において「歩行者利便増進道路」に基づく「滞留・賑わい空間」を設けるため、側道を歩行者空間化する工事が進められている。 御堂筋の東西に設けられている側道幅(現況)は各5m。この両側の側道を歩行者空間として再編すると、計画断面構成で見ると歩道幅員は片道13.5m(内訳は歩行者4.15m、滞留4m、自転車2.5mなど)と現況の片側幅員(計6m)と比べ2倍以上広がる(図表4)。
南端の難波から順次、側道の歩道化工事が始まり、まず千日前通りから道頓堀川までの区間(200m)で2022年11月に同工事が完了。2022年10月からは次の区間である道頓堀川~長堀通間について、まず東側の側道(700m)を閉鎖し歩道化する工事に着手した(図表5)。
2023年5月24日からは同区間西側にある側道を閉鎖し、順次歩道化する工事に入った。2024年度末の完成を目指している。難波から長堀通りまでは百貨店や高級ブランド店などが軒を並べる商業エリアであり、歩行者空間の拡大により、賑わいの一層の向上が期待されている。同市は御堂筋の完成100周年に当たる2037年を目標に全車線を歩道化する壮大な構想も掲げている。
■なんば駅前広場もマイカー締め出し
大阪市の取り組みはこれだけではない。御堂筋の南端に接するなんば駅前広場とその周辺を歩行者空間化する工事も急ピッチで進められている。2022年11月に広場内にある2つのタクシー乗り場を広場の外に移転させるなど空間再編事業に着手。一般車両の通行は24時間禁止される。2023年秋ごろの完成を目指している。また、駅前広場とつながる道路「なんさん通り」も歩道拡幅を行い、歩行者空間を拡大する工事も2023年秋に始まる予定という。
■沿道地権者も協力、渋滞悪化もなく
側道の閉鎖・歩道化に向けた大阪市の取り組みが上手くいっているのは、道路交通管理権限を持つ警察側との連携など市側の継続的な努力のほか、沿道の地権者である民間事業者の協力も大きい。
御堂筋には沿道の地権者らがエリアマネジメントを担う組織として立ち上げた団体が3つある。このうち、南側(難波西口交差点~周防町交差点間)では「ミナミ御堂筋の会」が沿道イルミネーションの南進化を契機に2015年に任意団体として設立(2021年に一般社団法人に移行)。これまでに放置自転車問題の解決に取り組んできたが、市による側道の歩道化事業でも本格実施前に社会実験を市との協働により段階的に実施(計3回)。2020年には改正道路法に基づく「道路協力団体」の指定を受けて、沿道の植栽管理など日常的な道路管理業務に取り組んでいる。
側道の歩道化に伴うクルマの渋滞を懸念する声があったが、今のところ問題にはなっていないようだ。大阪市が道頓堀川~長堀通間の側道を閉鎖した2022年10月4日から11月15日にかけて、同区間の側道閉鎖に伴う交通影響を調べたところ、渋滞は「閉鎖前と比べて同程度で、概ね順調に流れており、大きな問題にはならなかった」(2022年12月23日公表の「御堂筋側道閉鎖交通影響検証の結果とりまとめ」)。御堂筋と交差する東西道路の渋滞はかえって「閉鎖前と比べて改善傾向となった」という。
歩行者空間化に力を入れる大阪市の近年の取り組みの先駆けともいえるのが、市庁舎や各種公共施設のある都心部に位置する中ノ島通だろう。堂島川と土佐堀川に挟まれ、中央公会堂を望むこの通りは2021年4月に歩行者空間に生まれ変わった。
2009年までは4車線、それ以降も2車線だったことを知れば、その大きな変化に多くの人が驚くはずだ。2020年に建築家の安藤忠雄氏発案の「こども本の森 中之島」が通り沿いに開館したことに伴い、「文化・集客ゾーン」としての回遊性や景観を高めることが歩行者空間化の狙いだった。
■「特殊事例」で終わるのか
今、歩行者空間化の動きは西日本の自治体から強まり始めているともいわれる。その中でも大阪市の取り組みは側道など特殊要因があるものの、先端を行くものだろう。ぜひ、この流れが全国に広がることを期待したい。
*本稿は一般財団法人交通経済研究所発行の月刊専門誌「運輸と経済」に筆者(市川)が連載中のコラム「交通時評」の第40回記事(2023年6月号)をもとに加筆修正してまとめた。