2024.05.22
自転車をテコに都市改造 専用走行空間を拡大し、車道削減――フランス・パリ、ボルドーの取り組み
Urban Remodeling through Bicycle Infrastructure ――Initiatives in Two French Metropolitan Areas: Paris and Bordeaux
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■「公共空間を歩行者・自転車に取り戻す」
自転車に対するパリ市の本気度はかなりのものだ。コロナウィルス禍前から自転車の走行空間の整備に力を入れてきた。
事前に送付した視察団からの質問書に回答したパリ市の説明(副市長付技術顧問のサミール・アムジアーヌ氏)によると、1995年には自転車の走行空間はわずか5kmだったが、2021年には1,094㎞に達した(図表1)。毎年増え続けてきたが、とりわけ、アンヌ・イダルゴ市長が就任した2014年から2021年の間に新たに300㎞の自転車道を新設したほか、コロナ禍の2000年には公共交通の混雑解消を目的にわずか数週間で「コロナ・ピスト」(“coronapiste”)と呼ばれる臨時・暫定的な専用走行空間(自転車レーンなど)をメトロ(地下鉄)のルートなどに沿って52㎞整備した。
読者の多くが疑問に思うのは、パリ市はなぜそこまで自転車の走行空間に力を入れるのかということだろう。「街の空気をきれいにする」、つまりはクルマ社会がもたらす排気ガスによる大気汚染と気候変動から市民の健康と気候を守るためという。そのためには「クルマに占領された公共空間(道路)のスペースを歩行者や自転車利用者の側に取り戻すことを通して、都市での移動のあり方を変革しなければならない」(イダルゴ市長)、「自転車の『開発』」など移動方法を変えることで公共空間のあり方を再考する」(公共空間・交通を担当するダヴィッド・ベリアール副市長の言葉)というのだ。具体的な取り組みとしては中心部では車道を削減し、その分自転車道や自転車通行帯など自転車専用の走行空間を広げようとしているのである。
道路空間の再配分を通じて、CO2排出や騒音、道路渋滞などをもたらすクルマ社会に真っ向から挑戦している。もはや、自転車は脱クルマ社会のための「補助線」といった微温的な役割から大きく抜け出しており、都市改造とも言えるような都市構造変革のための「大ナタ」の役割を担っているとも言えるだろう。国の制度改正で警察が押さえてきた生活安全分野に関するパリ市長の権限が強化されたことも、こうした力強い政策の背景にあるのだろう。
「自由、平等、博愛」を旗印に掲げた市民革命を先駆けて断行した国だけに脱クルマ社会の取り組みも急進的ということなのだろうか。
都市内の移動手段の要の役割を自転車に担わせる施策を推進していることにより、市民の自転車利用は大幅に広がっている。イル・ド・フランス自転車連盟の調査によると、2010年から2021年の10年あまりの間のパリ都市圏の平日1日当たりの自転車通行量は60%増加し、100万人を超えた。また、パリ市内の主要な通りでの自転車通行量の2022年9月と2023年9月の変化では、目抜き通りのリヴォリ通りの30.6%増をはじめ、どの通りでも自転車の通行量が増えている(図表2)。オー・ド・セーヌ県全体でも14%増加した。
パリでは元々は自転車を利用する市民は少なく、自転車の交通分担率(=移動手段に占める利用率)は2%に過ぎなかったが、現在では5%程度に増えている。
確かに、こうした施策が講じられ、しかも市民の利用増大という形で効果を発揮しているのは、地理的な要因もある。パリの市街地がおおむね半径5kmとコンパクトであることだ(図表3)。パリ市内での市民の1回当たりの移動距離は「平均で4.7㎞。このうち、65%は3km以内」(アムジアーヌ氏)。だから、「5km以内での移動なら、自転車が最も早い乗り物とみなされている」というのだ。
■新計画で130㎞の専用道新設や2車線化推進
2014年にパリ市長に就任したイダルゴ氏は2020年1月の2期目の市長選に、新たな都市計画のビジョンとして、誰もがクルマを使わず、歩行か自転車を使えば15分以内で職場や学校、買い物の場にアクセスできる都市を目指すという「15分都市構想」を表明。このビジョンをもとに、当選後、新たな5カ年の自転車計画「自転車計画2021-2026」(Plan vélo 2021-2026)を策定した。それまでの5カ年計画をさらに発展させたものだ。
新たな計画書の表紙に掲げられたキャッチコピーは「パリを100%自転車(サイクリング)のまちに」(Paris 100% cyclable)である。「100%サイクリング都市」とは何か。イダルゴ市長の言葉を借りれば、「危険を感じることなく、どこでもすべての通りで自転車に乗ることができる都市」(「新自転車計画」の序言)である。
この計画に基づいて、走行空間や駐輪場など新たなインフラ整備に前回の5カ年計画の2倍以上の額に当たる2億5000万ユーロを投じることが採択された。これによって、まずは2026年までに新たな走行空間として130kmの自転車道を整備、52kmの臨時コロナ・ピストを常設の自転車レーンに格上げするとともに、双方向の2車線自転車道を新たに390km整備(整備済みの60㎞を含めると、計画期間中に計450kmに達する)する計画を打ち出している(図表4)。
2030年には現在5%程度であるパリの交通分担率を19%から28%に引き上げるという高い目標も掲げている。
一方で、走行空間と並ぶインフラの両輪である駐輪場については、日本とは異なり駅周辺など利便性の高い場所を含め全般的に設置が遅れている。先述の自転車計画に基づいて、2026年までに公共スペースに計3万台分(このうち1,000台はカーゴバイク=荷物運搬用自転車=用)の駐輪ラックを設置、イル・ド・フランス地域圏政府と共同で市内の大規模鉄道駅周辺に大型駐輪場を開設することなどにより、新たに総計13万台分の駐輪スペースを整備する計画を打ち出している。