2024.05.22
自転車をテコに都市改造 専用走行空間を拡大し、車道削減――フランス・パリ、ボルドーの取り組み
Urban Remodeling through Bicycle Infrastructure ――Initiatives in Two French Metropolitan Areas: Paris and Bordeaux
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■ヴェリブの財源の過半が公費、公共色一段と
最後に、パリの自転車政策と大きく関わっているヴェリブの事業について触れておきたい。
パリ市のシェアサイクル事業であるヴェリブのサービスは2007年にまずは2017年までの10年間の事業として始まった。市は運営事業者として大手広告代理店、ジェーシー・ドゥコー社(JCDecaux)に委託。同社は市から一切の補助金を受けずに、受託の際に市から特別に許可を得た市内道路での屋外広告パネル掲出権によって得た広告収入をヴェリブ運営の財源にしていた。当初、運営権(コンセッション)の取得による事業運営の成功例として世界的に注目されたが、その後、自転車の盗難・紛失や破壊による予想外の運営費用の増加により事業の採算性が低下。ドゥコー社と市は2009年に契約の再交渉をし、市が盗難・紛失や破壊などによる損失費用を補てんすることや、使用料金収入の市への還元方針の撤回で合意。その後は何とか事業を続けてきたが、契約期限が切れる前年の2016年に市当局は運営スキームの見直しについて検討。新たなサービスとしてサービスの対象地域をそれまでのパリ市(人口約220万人)とその近郊地域からパリ都市圏(同約700万人、面積約450k㎡)に広げるとともに、新たに電動アシスト自転車を導入することを決めた(図表5-1、5-2)。
これを受けて、2018年から2032年まで15年間の次期サービスではパリ市を含むパリ都市圏を構成する60以上のコミューン(日本の市町村に当たる基礎自治体)が参加する事務組合「オートリブ・ヴェリブ・メトロポール組合」(le syndicat Autolib’ et Vélib’ Métropole,SAVM)6)が市に代わり事業主体となることが決まり、この組合が新たに運営事業者を選ぶための入札を実施した。これを受けて、ドゥコーとスモベンゴ(Smovengo)7)の2社が応札し、スモベンゴが運営事業者に選ばれた。
パリのシェアサイクルは当初から公共サービスであるが、運営財源を見ると、2期目に入ってからはその公的な色彩はより強まっていると言える。2期目の事業の財源は 6割が公費で、残りは利用者から徴収する料金収入である。公費は各コミューンが負担金を年間2万ユーロ拠出する形で賄っているが、パリ市はその半分を負担しているという。定期の年間契約者数は約40万人いる。
組合は2032年までに4億ユーロ以上の予算を組んで、15年間の期間中にポートや自転車を増やし、サービスのネットワークを広げるという。先述の通り、ステーションの数は現在、1,470カ所あり、利用できる自転車の数(=流通台数)は1万9,000台(保有台数は約2万4,000台)ある。このうち約4割は電動アシスト自転車だ。
年間利用回数(2022年実績)は約4,200万回、1日当たりの平均(同)では11万5,000回になる(図表6、図表7)。このうち、約54%は電動アシスト自転車だ。電動アシスト自転車は普通自転車よりも車両台数は少ないが、稼働率は普通自転車より高いということになる。
ちなみに、1回の移動当たりの平均距離は普通自転車が2.8kmに対し電動アシスト自転車は3.8㎞、平均利用時間は同14.7分に対し17.0分といずれもチョイ乗りとはいえ、電動アシスト自転車の方が長い(図表8)。
ただ、現在でも盗難・紛失やパンク、充電切れなど故障・破壊は少なくなく、2019年の調査でもその数は週当たり100~200台に上るという。正直なところ、私が利用したステーションでも先述の通り故障した自転車が少なくなかった。
実際、ポートに行っても使えない自転車に対する市民らの不満や苦情は多く、スモベンゴ社は解決策としてポートの数と自転車の流通台数を倍増させるしかないとみており、新たに1万台の車両、1,500カ所のステーションを2024年までに導入する予定だという(同社のステファン・ヴォラン会長が地元新聞の取材に回答)。
ヴェリブの事業で見逃せないのは、それが市民の自転車利用を増やすことを目的にした公共サービスであり、実際、パリでの自転車利用の増大に大きく寄与してきたという点である。
ヴェリブの自転車は当初はパリ市内を走る自転車の半分近くを占めていたこともあったが、2018年以降、4分の1程度に減っている(図表9)。つまりは、自転車の所有が増えていることだが、「ヴェリブ自体は過渡期的なものであり、自転車の購入拡大はよいことだ」と、組合のシルヴァン・リフォー会長は話した。極端に言えば、遠い将来に存在自体がなくなってもよいというのだ。
ますます、行政主導で都市の変革に突き進むパリ市。「オスマン以来の都市改造」となるか注目されるが、パリの取り組みは日本の都市にとっては依然、「彼の地の動き」として他人事のように傍観するだけでよいものなのだろうか。
1) 「2023年度 フランスにおける自転車政策調査団」(公益財団法人 自転車駐車場整備センターが調査企画)。2023年10月30日~11月6日の日程でパリ市とボルドー市における自転車施策の実態調査を実施した。自転車政策専門家の古倉宗治氏をコーディネーターに参加者は筆者(市川)を含め、コンサルタント、シェアサイクル事業者、自転車駐輪場運営事業者ら計15人。
2) 第2帝政期のナポレオン3世(在位1852~1870)統治下、セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンが推進したパリ大改造事業。パリ全域を対象に街路をはじめ公園、上下水道など都市インフラ全体を造り変えることでパリの都市景観を一新した。
3) フランス語のVélo(自転車)とliberté(自由)を掛け合わせた造語。
4) ポートの箇所数は2007年のサービス開始当初、ほぼパリ市内を対象に300m間隔に設置するという方針の下、1,225カ所だった(シェアサイクル用の車両数は2万台)。
5) ヴェリブの一時的な利用料金は45分まで利用できる3ユーロの「TICHET-V」が最も安く、それ以外では普通自転車のみ24時間利用できる5ユーロの「CLASSIC 24H PASS」、電動アシスト自転車を含め24時間利用できる10ユーロの「ELECTRIC 24HPASS」、同72時間利用可能な20ユーロの「3-DAY PASS」の計4種類がある。このほかに、年間予約(=サブスクリプション)サービスもある、毎月無料で普通自転車を30分以内乗車なら1ユーロ(電動は45分以内なら3ユーロ)。毎月3.1ユーロの支払いで普通自転車を30分以内の乗車なら無料(電動は45分以内なら2ユーロ)、毎月9.3ユーロの支払いで普通自転車を60分以内なら無料(電動は1日当たり45分以内なら2回まで無料)の計3種類。
6) フランスの地方自治制度では広域自治体であるレジオン(州)、アパルトマン(県)、基礎的自治体のコミューン(市町村)がある。コミューンは約3万6000団体ときわめて多く、約9割は人口が2000人未満。行財政基盤が脆弱であることから、コミューン間の広域行政組織が1959年に制度化された。事務組合はその1つで、部分的な事務の共同処理を行う。オートリブ・ヴェリブ・メトロポール事務組合は2011年、パリ市や近隣コミューンなどにより、オートリブ(電気自動車)のシェアリング事業の実施団体として設立された。第2期ヴェリブ事業がスタートした2018年以降はシェアサイクル事業も手がけている。現在の組合長はフランス緑の党所属のパリ市議会議員でもあるシルヴァン・リフォー氏。
7) スムーズ、モビリア、モベンシア、アンディゴのフランスとスペイン資本の4社で構成される企業体で、社名は4社の頭文字などからとった。