2024.05.22

自転車をテコに都市改造 専用走行空間を拡大し、車道削減――フランス・パリ、ボルドーの取り組み

Urban Remodeling through Bicycle Infrastructure ――Initiatives in Two French Metropolitan Areas: Paris and Bordeaux

立飛総合研究所(TRI) 理事 事務局長兼統括研究主幹

市川 嘉一ICHIKAWA Kaichi

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ボルドー

■ボルドーで改めて感じたこと

フランス自転車政策の視察旅行で改めて感じたのは、クルマを抑制するための総合交通政策としての公共交通と自転車の緊密な連携、自転車を含めた交通政策を都市圏レベルで推進することの重要性だった。フランス南西部の都市ボルドーでの滞在もそんなことを痛感させられた。
ボルドー市は日本では赤の高級ワインの産地として有名だが、フランスを代表する歴史ある都市の1つである。12世紀に港が建設されてから港町として発展。「エセー(随想録)」で知られる思想家ミシェル・エイケム・ド・モンテーニュや、哲学者シャルル=ルイ・ド・モンテスキューが生まれた学術・文化のまちでもある。モンテーニュは彼の父もそうだったが、1581年から1585年までボルドーの市長を務めている。ボルドーはまた、2度の世界大戦時にはフランスの首都機能が一時期移転された歴史も持つ。

現在、人口は約25万人。フランスで9番目の人口規模を持つ中小都市だが、メトロポール(都市圏)の設置が義務付けられた2014年成立の「地方行政刷新・メトロポール確立法」(以下、「2014年法」)8)により、周辺にある27のコミューン(基礎自治体)とともに「ボルドー・メトロポール」(Bordeaux Métropole)と呼ばれる広域自治体連合組織をつくった。都市圏全体の人口は約82万人に上り、メトロポールではリールに次いで国内2番目の規模を持つ。
ボルドーと言えば、交通関係者らの間では1958年12月に廃止されたトラムの復活・新規開業(2003年)に伴い、中心部での歴史的な景観保全を目的に世界で初めて地表面から集電するシステム(APS,Alimentation par le sol)を実用化したことで知られるが、ここもフランスの他の都市圏と同様、トラムやバスなど公共交通だけではなく、自転車政策を含めた交通政策に都市圏全体で取り組んでいる。
ボルドー都市圏は車道削減による走行空間の整備拡大など自転車政策でも世界的に評価が高く、デンマークのコンサルティング会社が世界の大都市を対象に隔年で発表している「自転車にやさしい都市」ランキング(2019年)で6位に入っている9)

歴史的中心地区にあるトラムの一大ターミナル、カンコンス広場。A線を除く3路線が集結する。地表面から集電するシステム(APS)により、空中に架線は張られていない=2023年11月3日

■トラム、都市構造の変革に貢献

ボルドーのトラムは2023年12月21日にちょうど開業20周年を迎えた。開業時期は2003年とフランスの都市の中では真ん中くらいの時期に当たる10)が、その路線ネットワークは計画した当初から大きかった。
その最大の推進者であり功労者が、1995年に市長に就任した大物政治家アラン・ジュペ氏(1995年から1997年まではジャック・シラク政権下のフランスの第15代首相も兼任)11)である。

ジュペ氏は第2次世界大戦終了後の1947年から1995年まで約半世紀に及ぶ長期間、市長を務めた前任のジャック・シャバン=デルマス市長(同氏もジョルジュ・ポンピドー政権下の第4代首相を歴任)時代が推進していたミニ地下鉄(VAL)計画を廃止。
世界文化遺産の都市指定を目指し、市中心部での歴史的景観の保全と、それに伴うクルマの通過交通排除や、歩行者空間と新たな公共交通としてのトラムの整備を打ち出した。関係者の間で驚きをもって受け止められたのは、最初のPDU(都市圏交通計画)にいきなり3路線、43㎞に上るトラム路線網の建設計画を盛り込んだことで、2000年にこのうち24.5kmの路線(このうち12kmは地表集電システム)を早くも第1期分として着工した。トラム運営の実施主体はボルドー・メトロポールの公共交通事業を手がける公共交通会社、TBM(Transports Bordeaux Métropole)であり、ここがバスや水上バス、シェアサイクルとともにトラムの運行を後述するケオリス社に委託している。
最初のA線が2003年12月に開業。翌年(2004年)にB線とC線が開通し、その後、3路線とも徐々に延伸され、2019年にはD線が新設され、現在は4路線、82kmに広がっている(図表10)。郊外地域まで広範囲に延びており、このうち5km部分は2023年4月にA線の枝線としてボルドー空港まで延伸した区間(電停は計5カ所)である。今やフランス国内ではリヨン、ナントに次ぐ規模を誇り、利用率も高い。

2023年4月にボルドー・メリニャック空港まで延伸開業したトラムA線=2023年11月4日
メリニャク空港までのトラム延伸区間(5km)の線路に並行して、自転車道も整備された=2023年11月4日
図表10 ボルドー都市圏のトラムなど公共交通ネットワーク(運営機関はTBM)と接続する自転車駐輪場ネットワーク
注)TBM(Transports Bordeaux Métropole. ボルドー・メトロポール交通)のパンフレット「自転車駐輪場のネットワーク」から引用。トラム(A, B, C, D の計4路線)沿線には自転車駐輪場のマークが図示されている

「過去15年間で公共交通がボルドー市の都市構造を変革した」。視察に応じてくれたボルドー・メトロポールの責任者はまず、そう強調した。
確かにトラム開業前と開業後のボルドーの街なかの写真を比べると、街並みの変貌ぶりに驚かされる。ストラスブールやナントなどこれまで取材で訪れたフランスの他の地方都市と同様、ボルドーでもトラムの導入が車道の削減を通じて、中心部での歩行者専用ゾーンの拡大など都市改造の大きなテコになっていることが分かる。

壮麗な大劇場の建物を背にトラムが走るコメディ広場はクルマの通行が禁じられている=2023年11月3日
ガロンヌ川左岸の河岸開発に伴い、車道が削減されトラムの専用空間が設けられたブルス(証券取引所)広場前の道路。
河岸にあった駐車場は地下化された=2023年11月4日

ボルドーの歴史的中心地区のシンボル的存在であるコメディ広場ではかつてはクルマが行き交い、駐車するクルマで溢れかえっていたが、現在ではクルマの通行が排除された完全な歩行者空間に生まれ変わり、歩行者のほかトラムと自転車だけしか走れない。市内を流れるガロンヌ川左岸の河岸再開発に伴い、左岸の道路では車道が削られ、トラムの専用走行空間が整備された。

ボルドーの歴史的中心地区であるガロンヌ川左岸地域にはハチミツ色をした18世紀築造の古典様式の重厚な建築物がほぼそのままの形で軒を並べている。その貴重な街並 み景観が世界文化遺産の指定を受ける素地になっていたが、街なかに慢性的な道路渋滞を引き起こすクルマの通過交通の問題解決が世界遺産の指定に欠かせないと、当時のジュペ市長は考えた。トラムの導入を中心とする都市改造により、それまでの「重厚ではあるが大気汚染により黒ずんだ建物」がハチミツ色の昔の姿に戻ったといわれる。

プレゼンするメトロポールの責任者ら=2023年11月3日
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