2024.05.22
自転車をテコに都市改造 専用走行空間を拡大し、車道削減――フランス・パリ、ボルドーの取り組み
Urban Remodeling through Bicycle Infrastructure ――Initiatives in Two French Metropolitan Areas: Paris and Bordeaux
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■自転車を公共交通サービスに組み込む
ボルドー・メトロポールの取り組みで注目されるのは、クルマの利用を抑制するための「対クルマ連合」として自転車を公共交通サービスに組み込むという戦略である。ボルドーの場合も住民が自宅から自転車でトラムの電停まで行き、そこからトラムに乗り換えるという行動を住民に促すために電停近くに駐輪ポートを設ける連携の取り組みはもちろんあるが、公共交通との直接的な連携策にとどまらない。住民によるクルマでの短距離利用に歯止めをかけるため、自転車の利用増大を促す様々な形態の駐輪場を整備・運営している。
メトロポールはこれまでも事業主体としてトラムやバスなど公共交通サービスとレンタサイクル・シェアサイクルの各サービスをそれぞれ別個に手がけてきたが、より効果的な事業実施を目指し、2023年から8年間の契約期間で、2つのサービスを一体的に提供する運営事業者を入札により選んだ。運営を委託する自転車サービスではレンタサイクル、シェアサイクル、駐輪場運営の3つ。大気汚染や騒音が少なく、安全を求める住民のニーズやコストを元に応札した2社の事業計画を審査した結果、既にボルドーの公 共交通とシェアサイクルの運営を個々に受託してきたケオリス社13)が選ばれた。契約額は8年間で13億円。フランス国内でボルドーのように自転車と公共交通を一体的に受託運営する例は少ないという。
新たな契約後の自転車サービスでは、シェアサイクルを拡大。現在はポートが186カ所、自転車の車両数は2,000台(このうち約半数は電動アシスト自転車)だが、これを2024年からは200カ所、2,300台(こちらも半数は電動アシスト自転車)に増やす。
整備が遅れている駐輪場関連ではボルドー・サン・ジャン駅(中央駅)にレンタサイクルのサービスを備えた駐輪場を設置。料金でもトラムの電停近くにある駐輪場の利用料を年間30ユーロと割安に設定したり、住民が公共交通の長期利用カードを持っていれば、住宅地に整備している「ヴェロボックス」と呼ばれる5台収容可能な駐輪ボックスを無料にしたりするサービスを始める。
■電動キックボードのシェアは排除せず
最後にボルドーの取り組みとして紹介したいのは、パリとは違い電動キックボードのシェアリングは容認されていることである(パリについては39~40ページを参照)。ただ、どの事業者でも参入を認めているわけではない。電動キックボードは2事業者(現在はティア社(Tier)とドット社(Dott))、シェアサイクルも2事業者(同、バード社(Bird)とポニー社(Pony))しか参入が認められておらず、それぞれ駐車可能なゾーンも定めている。
パリのシェアサイクル「ヴェリブ」の責任者も同様のことを言っていたことだが、ボルドーで自転車の利用促進などを推進する非営利団体、ヴェロ・シテ(Vélo-Cité)14)の責任者は電動キックボードについて、「それ自体が問題だったわけではなく、フリーフローティング(free floating)として指定されたポートがなかったため、(使用後に無秩序に置かれた)道路が混乱したことなどが良くなかった」と話していた。
2023年8月末をもってパリから追い出された形のティアやドットなど電動キックボードのシェアサイクリング事業者はその後、フランス国内ではボルドーなど地方都市に新たな活路を求めているようだ。
■利用者団体も公共交通との統合化を推進
フランス政府は2023年5月、2023年から2027年までの自転車利用促進計画を発表した。国の予算から20億ユーロを支出、自治体からの支出分を含め総額60億円を投じて、自転車道や自転車レーンなど自転車専用の通行空間の拡充や自転車購入の補助金拡充、自転車産業の育成強化などに充てる。自転車専用の通行空間には毎年2億5,000万ユーロを予算化、5年間で12億5,000万ユーロを支出し、5万7,000km(2022年末時点)の専用通行空間を2027年までに8万km、2030年までに10万kmに広げるとしている(ジェトロ「ビジネス短信」)。
こうした中、先行するドイツやオランダなどを参考に自転車と公共交通の統合化を促す動きも出始めている。ストラスブールに本部があるフランス自転車利用者連盟(FUB)は2023年10月、全国交通利用者団体連合会(FNAUT)と共同でガイドブック「自転車と公共交通:転換のための同盟」(Vélo et transports colletifs:des allies pour la transition)を刊行した。この中で気候変動対策や健康、経済・社会の持続可能な発展のために自転車と公共交通が互いに補完し合うことは、クルマに代わる「ドアツードア」の移動システムの構築に向けて有効な問題解決になると指摘している。
ボルドー都市圏の取り組みもパリと同じく駐輪場整備の遅れなど課題はあるが、自転車と公共交通の統合化に関しては先行事例であると言えるだろう。海外事例の安易な「輸入」は避けるべきだが、ボルドーの取り組みもその点においては日本の都市交通にとって示唆する点は少なくないだろう。
8) 正式名称は「地方公共活動の刷新及びメトロポールの確立に関する2014年1月27日の法律第2014-58号」。コミューン間の広域行政組織(EPCI)として、圏域人口50万人超の都市圏を対象とする課税自主権を有するメトロポールという大都市制度がニコラ・サルコジ政権下の2010年に制定された「地方公共団体改革法」で創設されたが、これを受けて新設されたのはニース・コート・ダジュール都市圏だけだった。このため、2014年法では設置条件を満たす都市圏では強制的にメトロポールが設立されることになり、2015年1月1日をもってボルドーのほか、トゥールーズ、リール、ナント、ストラスブール、レンヌ、ルーアン、グルノーブル、モンペリエ、ブレストの該当する計10都市圏がメトロポールを新設した。パリでも2016年1月1日にメトロポール(名称は「メトロポール・デュ・グラン・パリ」)を設けられた。
9) デンマークの首都コペンハーゲンに本拠を置くコンサルティング会社、コペンハーゲン・デザイン社が作成する自転車の利用度合いやインフラ整備に関する評価指標「コペンハーゲン指標」。対象都市は世界各地の人口60万人以上の都市や首都で、自転車の交通分担率が2%を超える115都市。2019年版ではコペンハーゲンが1位(得点は90.2%)で、2位はアムステルダム(89.3%)。フランスでは5位のストラスブール(70.5%)がトップで、ボルドー(68.8%)はそれに次ぐ。パリ(61.6%)は8位に入った。
10) フランスで低床車両など高規格化されたトラム(LRTとも呼ばれる)導入の先駆けとなった都市は1985年開業のナント。それまではトラムはマルセイユ、リール、サンティエンヌの3都市しか残っていなかったが、ナント以降、グルノーブル、パリ(サンドニ)、ストラスブール、モンペリエ、リヨンなど新規開業都市は現在まで25都市に上る。2003年開業のボルドーはリヨンに次いで9都市目に当たるが、街なかの景観改善を目的に空中架線のない地下集電システムを採用したのは前例のないものだった。
11) アラン・ジュペ氏は1945年生まれで、パリ政治学院、フランス国立行政学院(ENA)をそれぞれ卒業後、官僚として活躍。シラク・パリ市長時代に市財政担当助役を務めた。ボルドー市長は1995年6月から2004年12月までの9年間と、2006年10月から2019年3月までの2年半の計2回務めた。共和国連合総裁、国民連合の初代総裁を歴任するなどフランス保守政界の重鎮。ちなみに、フランスには公職兼任制度によって政治家が基礎自治体(コミューン)の首長と中央政府の首相・大臣を兼任することが認められている。
12) 今回の視察で訪れたパリとボルドー両都市の関係者から共通して聞いたのは、「アクティブ・モード」という言葉だった。「ソフトなモード」とも呼ばれ、主に徒歩や自転車(電動アシスト自転車を含む)といった身体活動に基づく非電動の移動手段を指し、電動キックボードなど小型電動モビリティはその範ちゅうには含まれていない。日本では電動キックボードなど近年登場した小型電動モビリティを指す言葉として「新モビリティ」という用語が使われることがあるが、この「新モビリティ」という言葉は日本独自の用語なのか、彼の地では通じなかった。
13) フランス国鉄(SNCF)の関連子会社で、パリに本社を置く。SNCFが株式の70%、カナダ・ケベック州投資信託銀行が残りの30%を保有している。トラムやバスなど公共交通の運営会社としてフランス国内のみならず、スウェーデンのストックホルムや米国ボストン、中国の上海など世界各地の公共交通を運営している。
14) 行政と民間の橋渡し役を務める非営利の協会組織(フランス語で「アソセッション」)の1つ。ヴェロ・シテは1980年に設立された。会員数は約1,100人。スタッフは6人。ほかに20人のボランティアがいる。メトロポールから自転車関連の計画に対する意見照会が求められるほか、自転車道整備など具体的な政策提案も行っている。