2021.01.08

コロナは都市をどう変えるか ――パンデミックの歴史に学ぶ

How Coronavirus Will Change Cities, Lessons from the History of Pandemics

立飛総合研究所(TRI) 理事 事務局長兼統括研究主幹

市川 嘉一Kaichi ICHIKAWA

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■都市の過密化が危害の温床に

19世紀から20世紀初めにかけて世界的な大流行を繰り返し、その後の上下水道整備など近代的な衛生環境の確立につながったコレラの歴史も臨場感がある。米国の優れた科学ジャーナリスト、スティーヴン・ジョンソン(1968年~)が2006年に出した著書『感染地図~歴史を変えた未知の病原体』4)も今般のパンデミックへの関心の高まりから再刊された。

図表9 19世紀半ばのロンドンを襲ったコレラと医師らの闘いを描いたスティーヴン・ジョンソンの歴史ノンフィクションの傑作『感染地図』

同書は19世紀半ば、当時致死的な感染症だったコレラで多くの命が失われた大都市ロンドンの惨状を、「疫学の父」と後に呼ばれた市井の医師ジョン・スノーらが感染源を追うため、現場での徹底的な聞き込み調査など探偵顔負けの活躍をする姿を通して描いた歴史ノンフィクションの傑作だ。
この本が注目されるのは、都市論の観点からも感染症の問題に迫っていることだ。今の新型コロナウイルスに関して指摘される大都市の過密さがもたらす危険性に関する箇所がいくつも出てくる。例えば、こうだ。
「人口過密の差し迫った危険は、爆発寸前にまで大きくなっている。
……ウイルスや細菌が恐ろしいのは、それ自体が『繁殖』という生物の基本原則以外の特別な目的を持っていない点にある。……宿主が密集している環境は、ウイルスや細菌にとっては子孫を指数関数的に増やしうる環境となる。」
「都市化の流れは必然的だと断定するつもりもない。……私たちの都市への依存を阻むような脅威としてまっ先に考えられるのは、二百年前にコレラ菌はそうしたように、都市の過密化を利用して人類に危害をあたえるような脅威だ。」

■「同じ世界を再現したいのか」という問い

コロナ危機後の世界はどうなっていくのか。最近、メディアでも中長期的な視点から、そのあり方を探る記事が増えてきた。

コロナを書名にした文明批評の本も現れた。今年(2020)年春、現地出版と時を置かずに日本語版が出たイタリアの若手小説家、パオロ・ジョルダーノ氏のエッセイ集『コロナの時代の僕ら』5)はおそらく、「コロナ時代」(With COVID-19)、あるいは「コロナ後」(Post COVID-19)の世界のあり方を探った先駆け的な本だ。
ジョルダーノ氏はトリノ大学の大学院で素粒子物理学を専攻した博士の顔も持つ。科学者の視点と作家としての繊細な感受性を備えた異色の作家だ。修士課程時代の2008年に小説『素数たちの孤独』で文壇にデビュー、25歳の若さでイタリア最高峰の文学賞であるストレーガ賞を受賞している。

図表10 コロナ後の世界のあり方を探ったパオロ・ジョルダーノの最新刊『コロナの時代の僕ら』

今回の出版は彼が今年2月25日付けのイタリアの有力紙「コリエーレ・デラ・セーラ」に寄稿した記事「感染症の数学」が読者から大きな反響を呼んだのがきっかけになった。手応えを感じた同氏がイタリアでの厳しい外出制限下、記事の内容を発展させる形でその後の日々の記録を兼ねたエッセイ集としてまとめたのが同書だ。
最近、今回の新型コロナは天から降った災いではなく、人災だとの論が広まっているが、この本も同じ考えに立つ。コウモリの体内に閉じ込められていたエボラウイルスを例に、「ウイルスは環境破壊が生んだ難民だ」と説く。異常気象で過剰な豊作になった果実を求めてコウモリなど野生動物が人間界に近づき、それを介して今回のコロナが人間にも伝染するようになったとし、異常気象をもたらした過剰な森林開発に新型コロナの遠因を求める。ウイルスが人間に近づいてきたのではなく、「僕らのほうが彼らを巣から引っ張り出している」という言葉は重い。
「著者あとがき」として日本語版に特別に所載された3月20日付けコリエーレ・デラ・セーラ紙掲載記事「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」にも印象的な言葉がちりばめられている。
「すべてが終わった時、本当に僕たちは以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか。」

そして、「僕たちは忘れたくない」というフレーズを連呼する。その中の一つの回答として、「今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを(忘れたくない)」と言う。
今回のコロナ危機は、地球温暖化防止などサステイナブル(持続可能)な取り組みが強まる契機になるだろうか。というよりも、そうした方向に進まざるを得ないのではと思う。新型コロナのワクチンや治療薬が開発されても、また新たな手ごわいウイルスが生まれ、人類を脅かす恐れがあるからだ。

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