2021.01.08

コロナは都市をどう変えるか ――パンデミックの歴史に学ぶ

How Coronavirus Will Change Cities, Lessons from the History of Pandemics

立飛総合研究所(TRI) 理事 事務局長兼統括研究主幹

市川 嘉一Kaichi ICHIKAWA

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■コンパクト都市化は間違っているか

当然、都市のあり方も変わっていくだろう。
今回のコロナ禍により、人と人の接触による感染を防ぐための対策として、新たな仕事の形態である在宅勤務などテレワークが実際の取り組みとして広がり始めている。密閉、密集、密接のいわゆる「3密」を避けることや、2メートル程度の距離を置く「社会的距離」(social distancing)の確保も「新たな生活様式」や「新たな日常」(New Normal)として推奨されている6)

図表11 3密(3つのC)回避と、混雑した公共交通の利用回避をそれぞれ求めるWHOのポスター
図表12(左) 路線バスの車内でも3密対策が求められている。運転席真後ろの後部座席は使用が制限されている
図表13(右) 1918~20年の“スペイン風邪”流行当時にも国は列車内など公衆でのマスク着用を呼びかけていた(写真は予防啓発ポスター=内務省衛生局『流行感冒』より)

こうした中、海外のメディアでは「都市の密度」という観点からコロナ禍の影響を考える記事が目立ち始めている。
ニューヨークを拠点に都市デザイン分野の広範な情報を発信するウェブメディア「CityLab」はコロナ時代の都市のあり方に関する記事を早くから載せている。例えば、「郊外はコロナウイルスから安全か?」と題した今年(2020年)3月13日配信の記事では、都市の密集はウイルスの感染をもたらしかねないが、スプロール開発された郊外地域では病院などのサービスを受けるのには遠すぎて、コロナ危機を乗り切るには安全ではないと指摘する。
ニューヨークタイムズも同年3月24日付けの電子版で「コロナ危機後でも都心の密集は必要」との記事を掲載。大量公共交通機関や医療インフラ、手ごろな価格で住めるアフォーダブル住宅などの供給にとって密集は必要だとする。
ワシントンに拠点を置くシンクタンク「世界資源研究所」(World Resources Institute)も同年4月10日、新型コロナウイルスの感染拡大により、今後の都市計画に求められる5つの視点をまとめた記事を発表した。①住宅、医療といった都市の核的なサービスを効率的に提供するための前提条件としての都市の「健全な密度(密集)」(healthy density)②十分な公共スペースや手ごろな価格の住宅③緑や水辺空間の整備に向けての統合的なアプローチ④エネルギー供給や交通網、食料生産などに関し、都市と地方を一体的に考える計画促進⑤ウイルスの感染状況などを知るための都市単位の詳細で常に更新され続けるデータ環境の構築――だ。
「3密」を考慮に入れたら、人口密度を上げるまちづくりである「コンパクト都市化」はとんでもない話だとみる向きがあるかもしれない。しかし、それは早計だろう。過剰な高密度は問題だが、交通や医療など基本的な公共サービスが今後も効率的に提供されるためには、やはり一定程度の集積を持つまちは必要なはずだ。その際に、社会的距離の確保を持ち出すまでもなく、公園や水辺などヒューマンスケールなオープンスペースを十分確保できるかどうかが「健全な密集」として問われていくのではないだろうか。

■予想できなかった在宅勤務の進展

もう一つの新たな生活様式である在宅勤務などテレワークの普及も都市構造を変える要因になるかもしれない。
先ほど紹介した『感染地図』は刊行されてから10年以上経っても、示唆的な内容を持つが、今世界中で大きな流れになりつつある在宅勤務の進展については残念ながら見通せなかったようだ。

「……もちろん、都市化の流れを妨げるような力や敵がやってきたからといって、人びとがすぐにも都市を離れて地方暮らしに戻るとは思えない。十年前にインターネットが市民権を得たときに予測された『夢の在宅勤務』が、現実には定着しなかったのとおなじように。」

しかし、コロナ禍が始まった当初、世界中の多くの人たちも在宅勤務がこんなに浸透するとは想像に もしなかっただろう。
今年(2020年)6月13日付け日本経済新聞朝刊は1面トップ記事で「欧州、在宅勤務が標準に」という見出しで、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い本格化した在宅勤務を定着させる動きが広がっていることを報じている。ドイツや英国では労働者が在宅勤務を要求する権利(「在宅勤務権」)を認める法案を検討。米国ではツイッターが5月に約5000人の全従業員の永続的な在宅勤務を認めるなど企業主導で在宅勤務の定着が進んでいるとしている。
日本でも政府が感染予防のための「新たな生活様式」の一つとして打ち出したこともあり、在宅勤務を実施する企業が急速に増えている。パーソル総合研究所の調査によると、「5月29日~6月2日の在宅勤務を含めたテレワークの実施率は25.7%と3月の2倍」(同紙)だった。
具体的な動きでは日立製作所が今年5月に全社員の7割を対象に今後も週2~3日は在宅勤務にすると発表。既に国内約8万人の全社員を対象に在宅勤務を推奨していた富士通も7月、今後は在宅勤務を原則とし、3年後をめどにグループ会社を含めたオフィススペースを半減させる新たな制度を発表した。オフィスへの通勤を前提とした働き方の見直しに動く企業は増えており、東京など大都市の都心部にあるオフィスを解約する動きもスタートアップなど新興企業で出ている。まさに「オフィス不要論」の流れだ。

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