2021.01.08
コロナは都市をどう変えるか ――パンデミックの歴史に学ぶ
How Coronavirus Will Change Cities, Lessons from the History of Pandemics
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■ごみごみしていても、ニッチさが大都市の魅力
数多くの人口を抱える大都市だからこそ、たとえ小さなニッチ的な店舗でも一定の需要があり、経済的にやっていける。サブカルチャーの文化が大都市で育つのもそうした理由からだ。小さなニッチな店舗あるいはそこを通じて特殊な嗜好を共有できる仲間を見つけやすい大都市だからこそ、人はあえてごみごみとした、今の言葉で言えば密なところに好んで出かけるというのだ。私もそうだが、このような気持ちを抱く人は少なくないだろう。
問題はそうした大都市の持つ多様性に魅力を感じる人々の意識・行動がポスト・コロナ時代でも変わらずにあるかどうかだ。これまでのように大都市の多様性にはあまり関心を示さず、郊外や田舎の持つ自然などに魅力を求める人たちが増えるのだろうか。この辺りの動向を探ることが、人口の地方分散の行方を占うカギを握っているように思う。また、近年のパーソントリップ調査でも明らかになっているように、「若者の外出離れ」も今後の人口動向に影響を及ぼしそうだ。
ジェイコブズは幼い頃、「スペイン風邪(インフルエンザ)」(1918~21年)の渦中にいたはずだが、疫病には楽観的だったようだ。彼女は先の著書の中で次のように述べている。
「都市はかつて疫病に対して無力で、荒らされるがままになっていたが、い「つのまにか疫病の征服者になった。外科学、衛生、微生物学、化学、情報通信、公衆衛生対策、訓練と研究をおこなう病院、救急車といったものは、すべて基本的に大都市の産物であり、大都市がなければ存在しなかったものである。」(前掲書)
大都市の擁護者だったジェイコブズだが、いまのコロナ禍に身を置いていても、その揺るぎない信念は変わらずに持ち続けているだろうか。
■グローバル化の流れも軌道修正か
最後に、経済のグローバル化が今後どう進むのかも、感染症と共存していかねばならない都市、とりわけ東京やニューヨーク、ロンドンといった「世界都市」をはじめとする大都市の行方を占う意味でポ
イントになるかもしれない。
パンデミックの歴史は、昔から人の移動や交易の活発化で感染症が拡大していった事実を教えてくれているが、グローバル化した現代ではその移動のスピードは昔とはケタ違いに早く、短期間に世界中に広がった今般のコロナ禍はその表れと言えるだろう。歴史は常に一方向ではなく、ジグザグに進むと言われるが、グローバリゼーション化は今後、新型コロナがいずれ収束しても、ポスト・コロナの感染症対策として、中長期的に軌道修正が迫られることはないだろうか。こうした視点も今後の大都市のあり方を考える際に大切になるかもしれない。
中世ヨーロッパに猛威を振るったペストがその後のルネサンス期への移行を加速させたり、コレラが上下水道など近代の衛生環境システムの構築につながったりと、パンデミックは新たな時代をもたらす引き金になってきたが、コロナはどのような時代を切り開く契機になるのか。いずれにしても、今回のコロナ禍が「新たな日常」を通じて、「健全な密度」とは何なのか、大都市は今後も支持されるのかなど都市のあり方にも大きな変革を迫っていることは確かだ。
※本稿は一般財団法人交通経済研究所発行の月刊専門誌『運輸と経済』に筆者(市川)が連載中の「交通時評」の第4回記事「新たな都市像問うコロナ危機」(2020年6月号掲載)と、第6回記事「コロナ禍でも大都市は残れるか」(同8月号掲載)をもとに加筆してまとめた。
1) 世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長は今年(2020年)7月31日、新型コロナウイルス(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)は「100年に一度の公衆衛生上の危機であり、影響は今後数十年に及ぶだろう」と、1918年に発生したスペイン風邪に次ぐ世界的脅威になっているとの見方を示した。
2) 原題(英語)はPublic Health and the Medical Profession in the Renaissance。1976年刊。 日本語版(現在、品切れ)は1988年、平凡社刊。著者のCarlo Cipollaは北イタリア・パヴィア生まれの経済史の権威。感染症の歴史など社会史の分野でも数多くのユニークな本を世に送った。長年、米国カリフォニア大学バークレー校と故郷のパヴィア大学で教授を務めた。なお、Cipollaはイタリア語ではチポッラと発音し、同じく日本語に訳された他の本(『シラミとトスカナ大公』)では著者名はチポッラと表記されている。
3) 原題はイタリア顔で「婚約者(いいなづけ)」を意味するI Promessi Sposi。日本語版は2005年に河出書房新社の河出文庫から上中下3巻として刊行。今年(2020年)5月に重版された。ちなみに、この本は今般のコロナ危機下、ミラノの高校の校長先生が自宅待機の生徒に宛てた手紙で取り上げたことでも世界的な話題になった
4) 原題はThe Ghost Map,The Story of London’s Most Terrifying Epidemic-and How It Changed Science,Cities, and the Modern World。日本語版は河出文庫、2017年刊。
5) 日本語版は2020年4月、早川書房刊
6) 世界保健機関(WHO)も日本の「3密」を参考に、「Avoid the Three Cs」という標語をつくった。3つのCsとはCrowdedplaces(密集)、Close-contact settings(密接)、Confined and enclosed spaces(密閉)を指す。
7) 原題はThe Death and Life of Great American Cities。 1961年刊。日本語版は1977年に建築家の故黒川紀章氏の部分訳として鹿島出版会から出されたが、実訳は2010年に別の訳者により同社から刊行された。