2024.05.22
自転車をテコに都市改造 専用走行空間を拡大し、車道削減――フランス・パリ、ボルドーの取り組み
Urban Remodeling through Bicycle Infrastructure ――Initiatives in Two French Metropolitan Areas: Paris and Bordeaux
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フランスでは20世紀末からストラスブールやモンペリエなど地方都市を中心に現代的なシステムのトラム(路面電車)を街なかに入れる「道路空間の再配分」を通じて、クルマ中心の都市構造を歩行者・公共交通を優先するヒューマンスケールなものに変える動きが広がっていった。それに対し、首都パリは長年、クルマ社会にどっぷり浸かったまちと揶揄されてきたが、それがいま大きく変わり始めている。都市改造の“武器”の役割を自転車が担っているのだ。地方都市ボルドーでもトラムの導入拡大に加え、同様の自転車をテコにした都市改造の動きが始まっている。フランス都市交通政策の最新の動きをパリ、ボルドーの両都市に追った。
パリ
■「オスマン以来の都市大変革」
パリは今、都市として予想した以上に大きく変貌しつつある。長年、パリのまちはクルマに占拠されてきたが、ここにきて市内の道路からクルマが追い出されようとしている。セーヌ河畔や幹線道路から通過交通を排除するため車道が削られ、自転車の専用走行空間に次々と置き換えられていっているのだ。
2003年4月末の個人旅行に続き、同年秋に再びパリを訪ねる機会があった。2023年10月末から約1週間、パリ、ボルドーのフランス2都市を対象にフランスの自転車政策の動向を探る自転車関連業界の視察団1)の一員としての訪問だったが、パリの街の様子を再び見て、関係者の話を聞きながら、その感を強くした。
それは必ずしも誇張ではない。クルマを愛好する人たちもパリの地に足を踏み入れれば、同じような感想、あるいはある種の危機感を伴った感慨を抱くかもしれない。
元自動車雑誌の編集長で、今もクルマやファッションを中心にした評論活動を続けるジャーナリストの鈴木正文氏は最近、パリ・コレクションの取材で久々に訪れたパリの変貌ぶりに驚き、連載中の自動車雑誌(「カーグラフィック(CG)」2023年12月号)のコラムに以下のように書いている。
「主要街路の主役はもはや自転車と歩行者に移りつつあり、路線バスやエッセンシャルワークのためのもろもろの働く自動車とタクシーが準主役を務め、プライヴェート・カーは脇道に回っているように見えた。……パリは、19世紀後半のセーヌ県知事、ジョルジュ・オスマンが主導しておこなった都市大改造2)以来の大変革のまっただなかにあった。3年半ぶりのパリ行きは、クルマがパリ(=都市)の景観を構成しない時代にリアリティを感じさせる、ひとつのセンチメンタル・ジャーニーだった」
■爽快感もたらす切れ目ない自転車道ネット
今回のフランス滞在中、生憎雨が多く散々な天候だった。自転車に関する視察だけに実際にパリでは何度か自転車をまたいで走らせたが、いつ雨が降り出すか気が気ではなかった。
ただ、それでも朝のうちはどうにか雨に降られずに済んだので、セーヌ河畔の道を当地でのシェアサイクルのシンボルである「ヴェリブ」(Vélib’)3)の自転車を走らせるのは実に爽快で気持ちがよかった。日ごろ日本ではあまり自転車には乗らないが、何事にも代えられない感動さえもたらしてくれた。
ヴェリブに乗るにはあらかじめスマートフォンなどでアプリをダウンロードし、支払い用のクレジットカードを含めた個人情報を登録。そのうえで、近くにあるポート(貸出拠点)を探す。ヴェリブを借り出せるポートは300mに1カ所と言われるほど、市内の至る所にある。後述する事業主体の「オートリブ・ヴェリブ・メトロポール組合」によると、ポートの数は現在、約1,470カ所4)ある。
ヴェリブのアプリを見ると、パリ市内の地図が示された画面にはおびただしい数のポートが点在していることが分かる。セーヌ川に架かる美しいビラケム橋が近くにある、宿泊したホテルからも歩いて数分のところにポートがあった。
早朝、訪れたそのポートにはグリーンの車体の通常の自転車のほか、ブルーの車体の電動アシスト自転車(通常の自転車より利用料は高い)が置かれていた。全体で30台ほどあったが、故障中らしき自転車も少なくなかった。その中で、何とか正常に動く電動アシスト自転車を借り出した。
タイトな視察スケジュールの関係で、最終的に朝8時過ぎから9時半までの約1時間半しか利用できなかったが、その日はいつでも使えるように10ユーロの24時間利用コースを選んだ5)。
セーヌ河畔に架かるグルネル橋を渡り、右岸地区に出て、しばらくセーヌ川沿いの道を左岸地区に聳えるエッフェル塔を仰ぎ見ながら自転車を駆った。約1時間半でパリ市内をほぼ半周したが、何度も言うように、その爽快感は格別なものだった。
何がそういう気持ちにさせるのか。断定して言えるのは、自転車専用の走行空間が文字通りネットワークとしてほぼ切れ目なく、しかもその多くの幅員が広いなど安全な形で整備されていることである。
セーヌ川沿いや幹線道路には車道とは別に双方向2車線の自転車道(車道との物理的な境界を設けた走行空間)が川岸に接する形で整備されている。それ以外のところでも幅員は狭いものの1車線の自転車道や、自転車通行帯(路面に帯状の表示をした空間)がしっかりと設けられている。交差点付近でも自転車の進むべきルートが路面表示されているから、日本のようにどこを走ればよいのか迷うこともほとんどない。